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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1135号 判決 1976年4月07日

控訴人

日産プリンス神奈川販売株式会社

右代表者

横溝博

右訴訟代理人

馬場英彦

被控訴人

ヒノデ株式会社

右代表者

長谷川実

右訴訟代理人

中垣内映子

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

本件につき横浜地方裁判所が昭和四九年三月一二日にした強制執行の停止決定はこれを取り消す。この判決は前項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一本件の控訴人を当該事件の控訴人(第一審原告)とし本件の被控訴人を当該事件の被控訴人(第一審被告)とする東京高等裁判所昭和四七年(ネ)第二五二九号訴害行為取消等請求控訴事件につき、被控訴人に対し金三五五万円を支払うべき旨の確定判決(本件確定判決)が存在すること、旧日産プリンス横浜販売株式会社が昭和四七年八月二一日控訴会社と合併してその権利義務が控訴会社に承継されたことは、いずれも当事者間に争いがない(以下、右合併前の旧会社と右合併後の控訴会社とをあわせて控訴人という。)。

二<証拠>によれば、本件確定判決にかかる事件の概要は次のようなものであることが認められる。すなわち、控訴人は訴外開港交通株式会社(訴外会社)に対し四〇〇万円以上の自動車販売代金債権を有していたが、訴外会社は昭和四三年一一月三〇日その全資産を被控訴人に売り渡し、その際被控訴人に対し、控訴人に対する右代金債務支払の代行を委託し、その資金として四〇〇万円以上を預けた。当時から訴外会社は多額の負債を有して無資力の状態にあつたが、被控訴人が訴外会社から買い受けた自動車四七台のうち二二台が昭和四四年三月頃訴外会社の所有物件として国税滞納処分により差押、公売されたため、被控訴人はその価格相当の損害を受けるに至つたので、同年五月一日、訴外会社と被控訴人とは、前記債務支払代行契約を解除したうえ右預け金の残金三五五万円を前記差押、公売によつて生じた被控訴人の損害の賠償に充当してこれを訴外会社に返還しないことを合意した。そこで控訴人は、被控訴人を相手取り、右の債務支払代行契約の解除および預け金不返還の合意は詐害行為であるとしてその取消を求めるとともに訴外会社に代位して右預け金の支払を求める訴訟を提起し(横浜地方裁判所昭和四五年(ワ)第一四五九号。もつとも提訴当時の請求内容は右と異なつていた。右請求は控訴審で追加されたものである。)、控訴審の東京高等裁判所は昭和四八年七月三一日控訴人の右請求を認容する判決(ただし、金員の支払については、控訴人は三八二万余円の支払を請求したが、三五五万円の限度で認容された。)をし、同判決は昭和四九年二月二六日上告棄却により確定した。以上のとおり認められる。

三ところが、<証拠>によれば、右訴訟が上告審に係属中、被控訴人は訴外会社を被告として前記差押、公売によつて生じた損害の賠償金六八一万四、〇八五円およびこれに対する昭和四八年八月二〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める訴訟を提起して(横浜地方裁判所昭和四八年(ワ)第一〇八七号)、請求認容の判決を得、同判決は昭和四八年一〇月二三日確定したこと、そこで被控訴人は昭和四九年三月九日到達の内容証明郵便で訴外会社に対し、本件確定判決にかかる三五五万円の債務と右損害賠償請求権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことが認められる。

四そこで、右相殺による債務消滅を本件確定判決に対する請求異議の事由とすることができるかどうかについて検討する。

(一)  昭和四四年五月一日訴外会社と被控訴人との間において支払代行契約の解除および預かり金不返還の合意がなされた当時において、被控訴人が訴外会社に対し六八一万四、〇八五万円の損害賠償請求権を有し、他面訴外会社が被控訴人に対し預け金残金三五五万円の返還請求権を有していたことは、すでに認定したところにより明らかであるから、両債権は当時相殺適状にあつたものというべきである。

(二) ところで、昭和四四年五月一日訴外会社と被控訴人とは、被控訴人が訴外会社の控訴人に対する債務支払を代行する旨の支払代行契約を解除するとともに、訴外会社が被控訴人に預けた右支払代行の資金の残金三五五万円を被控訴人の訴外会社に対する前記六八一万四、〇八五円の損害賠償請求権の弁済に充当してこれを訴外会社に返還しない旨の合意をしたこと、しかるに各支払代行契約の解除および預かり金不返還の合意が本件確定判決により詐害行為として取り消されたことも、すでに認定したとおりである。債権者取消権は、本来、総債権者の利益のために債務者、受益者間の詐害行為を取り消して債務者の一般財産を回復することを目的とする制度であるから、本件確定判決が右支払代行契約の解除および預かり金不返還の合意を詐害行為として取り消した趣旨は、被控訴人の預かり金三五五万円を被控訴人に対する前記損害の賠償のみに充てることなく、訴外会社に対する総債権者の利益のためにこれを訴外会社の一般財産中に戻すべきであるとしたものと解すべきである。なお、本件確定判決のうち控訴人に対する三五五万円の支払を被控訴人に命じた部分については、取消により復活した訴外会社の被控訴人に対する前記預け金返還請求権を控訴人が訴外会社に代位して請求するという代位行使の形式がとられてはいるが、その実質は、詐害行為取消により、逸出した財産の回復を目的とするものであるから、詐害行為の取消と一体の関係にあるものというべきである。

(三) そうすると、本件において もし被控訴人の訴外会社に対する損害賠償請求権をもつて預かり金返還債務を相殺することが認められるとすると、被控訴人はこの方法によつて被控訴人の損害の賠償に右預かり金を充当したと同様の結果を実現することが可能となり、本件確定判決が前記合意を詐害行為として取り消した趣旨は全く没却されることとなるのであつて、このように詐害行為取消の実効を全く失わしめるような相殺は、その性質上許されるべきものではないと解するのが相当である。

(四) 被控訴人は、被控訴人と訴外会社とが相互に反対債権を有している以上相殺をなしうることは当然であり、相殺により他の債権者を害する結果となるような場合でも相殺は詐害性を有することにはならないと主張する。もとより相殺権は強力な担保機能を保障されており、かつ相殺は単独行為であるから、一般には相殺の相手方の債権者との関係において相殺が詐害行為とされることもないのであるが、本件においては、訴外会社と被控訴人との間における前記預かり金不返還の合意なるものは、結局、訴外会社、被控訴人間で相互の債権を合意で相殺する旨の相殺契約であるか、あるいはこれに類以の契約であると認められるので、その合意が前記のように本件確定判決により詐害行為として取り消された以上、たとえ単独行為としての相殺であつても、その後においてこれをすることは、実質的に本件確定判決の趣旨に牴触するものとして許されないところであるといわなければならない。のみならず、本件における預け金返還請求権は、前記のごとく詐害行為取消の結果、訴外会社の逸出財産の回復のために復活を認められたものであるから、その点から考えても、本件のような相殺を許すべき性質のものではないというべきである。よつて被控訴人の主張は採用することができない。

(五) したがつて、被控訴人は右相殺をもつて本件確定判決に対する請求異議の事由とすることもできないといわなければならない。

五以上説示のとおり、被控訴人の本訴請求は失当と認められるから、これと結論を異にする原判決を取り消して被控訴人の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訴法第九六条、第八九条を、強制執行停止決定の取消ならびに仮執行の宣言につき同法第五四八条第一項および第二項を適用して、主文のとおり判決する。

(川島一郎 小堀勇 奈良次郎)

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